音楽

「首里節」- 古典音楽

首里節しゅいぶし:工工四

 

首里節の工工四

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歌詞

 

ませこまてをればますぃくまてぃをぅりば ここてるさあものくくてぃるさあむぬ

おす風とつれてうすかじとぅつぃりてぃ 忍でいらなしぬでぃいらな

 

籬垣ませがきの内に引き籠っていれば心淋しく切なくなるので、

そよ風と共に恋しい人のところへ忍んで行きましょう。

籬垣ませがき

竹や柴など、植物を編んで作ったかき。ませ、まがきとも呼ばれています。

 

籬垣の画像

籬垣(イメージ)

※当時使用されていた籬垣に関する写真資料が見つからないため、イメージ画像として掲載しています。

 

楽曲の解説

首里節しゅいぶし」は格式高い曲想のなかにも思慕深しぼぶかい心情が浮かびあがる歌曲です。

当時の琉球王国の王女や士族、首里城に仕える女中によって描かれており、親愛の情や恋慕れんぼを述べてつくられた琉歌が残されています。

本歌の作者は不明ですが"ませこまてをればますぃくまてぃをぅりば ここてるさあものくくてぃるさあむぬ"の一節より、幾重にも囲われた垣の内(奥御殿)に住む女中の心淋しい心情をんだ歌と考えられます。

 

首里節しゅいぶし」は古典音楽の昔節んかしぶし(※1)の分類に属し、「仲順節ちゅんじゅんぶし」のチラシ(※2)につないでいきます。

 

昔節んかしぶし(※1)

首里節しゅいぶし」、「作田節ちくてんぶし」、「ぢやんな節ぢゃんなぶし」、「諸屯節しゅどぅんぶし」、「暁節あかつぃちぶし」の五曲を総称して、昔節んかしぶしまたは前の五節めえぬいつぃぶしと呼んでいます。

古典音楽では古くから存在し、演奏時間、演奏技術ともに大曲と云われています。

一説によると、琉球王国統一前の尚思紹王しょうししょうおう(初代琉球国王 : 尚巴志王しょうはしおうの父)の時代(在位:1406年 - 1421年)に作られたものではないかとわれています。

 

ちらし(※2)

昔節んかしぶしの曲につないで演奏する楽曲。

御供ともいいます。

 

首里節しゅいぶし尚徳王女しょうとくおうじょ

あかいづ羽御衣やあけずばにんすや 濡れらはもばかりぬりらわんびけい

里がかたみちやうべさとぅがかたんちょび ぬらすきやことぬらすちゃくとぅ

※下句のみ違う場合あり。

(里が片んちゃべ ぬらす心気)

 

とんぼ羽のような衣装は濡れても仕方のないことですが、

愛しい人の髪が濡れることは心痛ましめる。

かたみちやうべ

欹髻かたかしらの敬称。明治以前の琉球王国時代、成人男性が頭頂部の髪の毛を中剃し、周辺の髪の毛を小さくまとめて結った髪型。

 

尚球『廃藩当時の人物』(沖縄朝日新聞社刊行)掲載 - 那覇市歴史博物館提供

尚球『廃藩当時の人物』(沖縄朝日新聞社刊行)掲載 - 那覇市歴史博物館提供

欹髻かたかしら

 

補足

 

悲恋の物語

琉歌の題材にもなった物語が現代に語り継がれています。

尚徳王女しょうとくおうじょが首里城内の花当はなたい(首里城内の庭の手入れ役)であった幸地里之子こうちさとぅぬしに身分違いの恋をしてしまいます。

その関係を知った父王が激怒し、幸地里之子こうちさとぅぬしはついに処刑されてしまいます。

悲しみに果てた王女は後を追って崖から身を投じてしまう悲恋の物語です。

 

首里城内の写真

首里城内

 


 

参考文献(沖縄の本)のイメージ画像
参考文献一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...

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マブイ

ニライカナイから遊びにやってきた豆粒ほどの妖怪です。

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好きな飲み物:葉先のしずく

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