中城はんた前節(前段):歌詞
飛び立ちゅる蝶 先づよ待て連れら
花のもと吾身や 知らぬあもの
訳
飛び立とうとしている蝶よ、一寸お待ちください。
花が咲いている場所を知らないので、わたしも一緒に連れて行ってくださいな。
柳節(後段):歌詞
柳は緑 花は紅
人は唯情 梅は匂ひ
訳
柳は緑が映えて、花は紅が美しい。
人にとって大切なのは情の心であり、梅は匂いによって尊ばれる。
祝歌や魔除け
「柳節」は、古くから祝歌や魔除けの曲として神聖に扱われていたとする伝聞が残されています。
「柳」:解説
あらまし
華やかな紅型衣装に小道具の色彩感が鮮やかに色映えし、採り物を次々に持ち替えながらテーマをたどる視覚的な構成で描かれています。
花籠にのせた採り物の柳、牡丹、梅の一つずつに思いを託し、自然の摂理に人間のもつ思想を重ね合わせ、元来、人に備わっている”情”の大切さを手踊りで表現していきます。
みどころ
演目は、「中城はんた前節」、「柳節」の二曲で構成されます。
前段「中城はんた前節」の前奏で、花籠を紅白のひもで肩から担ぎ、《角切り※1》で静かに歩んで登場します。
歌い出しの”飛び立ちゅる蝶”より、ひらりひらりと飛び回る蝶に向かって語りかけるよう前後左右に移動しながら舞い、その後、舞台中央奥に花籠を置いて中踊りに移っていきます。
後段「柳節」の前奏で柳を手に持って立ち直り、”柳は緑”の一節で振り返ると同時に、手にした柳の枝をサッと前方へ投げ伸ばし、緑映えを巧みに表現しながら弧をつくって描きます。
次節の”花は紅”で、真紅の花に情感をもたせ味わい深く踊り、続く"人は唯情"の一節では、身体全体と両手の手の振りに情を滲ませながら、人生の在り方を諭すように演じていきます。
最後は梅の小枝を手にして、ほのかな香りをひと枝に託すことで、この世のはかなさをあらわしていきます。
各捕り物のパートで歌われる”エイヤ エイヤ”、”ユリティク ユリティク”の囃子で、小道具を手に持ったまま上体を《なより※2》、前へ歩みながら足で調子をとって演目を色付けしていきます。
《角切り※1》
踊り手が舞台を斜めに、下手奥から上手手前へ向かって対角線上に歩み出ること。
《なより※2》
身体全体をなよやか(柔らかに)動かす仕草。古来から伝わる祭祀の踊りの技法。
楽曲の構成
「柳」を含む「作田節」、「綛掛」、「天川」、「伊野波節」、「諸屯」、「本貫花」を総称して、古典女七踊りと呼ばれています。(本貫花の代わりに苧引を加える説もある)
七つの踊りは、古典舞踊の代表的な演目であり、内容や技法の上から名曲といわしめ、現代まで親しまれてきました。
※流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。
補足
「花加籠」:女踊
「柳」の演目は、前段に「中城はんた前節」、後段に「柳節」の二曲で構成されていますが、『琉球芸能全集(1) 琉球の民謡と舞踊』には「本散山節」を含めた三曲構成で記されており、この形式をとって踊る流派もあります。
また、演目の歴史をたどると「踊番組(※4)」には、「すき節」、「柳節」、「本散山節」の三曲で構成する「花加籠」女踊の演目名で記録が残されています。
本散山節:歌詞
見る花に袖や 引きよとめられて
月のぬきやがてど 戻て行きゆる
訳
みる(美しい)花に袖を引き留められて、
(気が付いたら)月が出てきたので、(家に)戻りましょう。
踊番組(※4)
慶応2(1866)年におこなわれた寅年御冠船の演目を記録した文献。
編集後記
はべる
沖縄では蝶を”はべる”と呼び、天からお仕えする使者であるという言い伝えが残されています。
はべるの言葉を探っていくと、古典日本語では「侍(はべる)=そばにいる」の連体形で「お仕えする」という意味になるようです。
また、世界各国を例にみると「蝶」はギリシア語で"プシュケ"と呼び「魂」の同義語にあたり、イタリアのローマでは棺(ひつぎ)に「魂」を吹き込むものとして「蝶」の姿が大事に刻印され、不思議なことに古くから死者が「蝶」になって帰ってくるという言い伝えが他国の文明圏にも共通しています。
「柳節」の歌詞にみる人生の本質を解いた内容に結びつけると、この演目が創作された背景には神聖な意味合いが込められているのではないかと推測します。
昨今、地震や台風などの自然災害が多くなってきています。
人間の力では遠く及ばない自然の壮大な力を目の当たりにし、豊かさとは一体何なのか?「意識」に横たわるものをつきつめていくと、非科学の領域につきあたります。
人生で与えられるいくつもの課題は、蛹(さなぎ)から美しい蝶へ成長するための必要行程であるのかもしれません。
蝶は心の奥深くへ、魂が揺れるようにふわりふわりと触れてくる。
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参考文献:一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。 1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...
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