舞踊

「作田節(作田)」 - 古典舞踊/女踊り

2019年8月3日

作田節つぃくてんぶし(前段):歌詞

 

誰がすもてなちやがたがすもてなちゃが 手に馴れし扇子やてぃになりしおじや

暑さ涼だましゆるあつぃさすだましゅる 頼りなとすたゆりなとぅす

 

どなたが作ったのでしょう、手に馴れ親しんでいる扇は。

どのような暑さも涼しくさせてくれる、頼りになるものです。

 

早作田節はいつぃくてんぶし(後段):歌詞

 

夏の日も秋のなつぃぬひんあちぬ 情通わしゆるなさきかゆわしゆる

手に馴れし扇子のてぃになりしおじぬ 風の涼だしやかじぬしだしゃ

 

夏の暑い日も秋の風情を通わせて、

手に馴れ親しんでいる扇の風が涼しくしてくれる。

 

作田節の舞踊写真

-琉球古典舞踊 女踊り「作田節」-

 

作田節つぃくてんぶし作田つぃくてん)」:演目解説

 

あらまし

暑い夏の日を涼んで過ごすために何気なく使っている団扇。

あたりまえに存在している物への畏敬いけいの念をあらわしながら踊る演目です。

古い文献には、持ち物や踊りの内容で舞踊名が記述されており、「作田節つぃくてんぶし作田つぃくてん)」は団扇踊りうちわうどぅいと呼ばれています。

 

演目の呼び名

伊野波節ぬふぁぶし」は女笠踊りと呼ばれ、「瓦屋節からやーぶし」は月見踊り、「本嘉手久むとぅかでいく」は花見踊りと呼ばれていました。

 

みどころ

演目は、「作田節つぃくてんぶし」と「早作田節はいつぃくてんぶし」の二曲で構成されます。

唐団扇とううちわを手に持ち、前段「作田節つぃくてんぶし」の前奏にあわせて舞台下手奥しもておくから上手奥かみておくへ向かって直線を歩み、”誰がすもてなちやがたがすもてなちゃが”の歌い出しより、団扇うちわを斜め手前に添えて舞台中央へ品よく一歩ずつ進みます。

手に馴れし扇子やてぃになりしおじや”の一節より、感謝の思いをあらわしながら団扇うちわあおぎ踊っていきます。

後段「早作田節はいつぃくてんぶし」では、軽やかなテンポに合わせて涼感りょうかんを出しながら団扇うちわを大きくあつかい、”手に馴れし扇子のてぃになりしおじぬ”の一節では、手の振りと体のひねりをもって夏の風流な味わいを晴れやかに表現していきます。

流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。

 

補足

 

作田節つぃくてんぶし」の本歌

作田節つぃくてんぶし作田つぃくてん)」の名前と歌詞の内容の関係性については、稲の豊作を祝う本歌(元の琉歌りゅうか)を辿ることで紐解ひもとくことができます。

演目には、この本歌から派生した琉歌りゅうかが使われています。

 

作田節つぃくてんぶし(本歌):歌詞

 

穂花咲き出ればふばなさちづぃりば ちりひぢもつかぬちりひびぢんつぃかん

白ちゃねやなびきしらちゃにやなびち あぶしまくらあぶしまくら

 

稲穂が咲き出でると、塵も泥も付かず、

白い実が垂れてなびき、畦を枕にする程である。

 

早作田節はいつぃくてんぶし(本歌):歌詞

 

銀臼なかへなんじゃうしなかい 黄金軸立ててくがにじくたてぃてぃ

ためし摺り増しゆるためししりましゅる 雪の真米ゆちぬまぐみ

 

銀の臼に黄金の軸を立てて、

試しにもみってみると、たくさん雪のような白い米がとれました。

 

1838年におこなわれた戌の御冠船うかんしん(※1)重陽ちょうようえんの記録『琉球戯曲集』では、「作田節つぃくてんぶし」の楽曲構成は現在のものと大きく異なっており、「瓦屋節からやーぶし」、「作田節つぃくてんぶし」、「百名節ひゃくなぶし」の三曲構成で演じられていました。

 

戌の御冠船うかんしん(※1)

1838年の戌年いぬどしにおこなわれた尚育王しょういくおう(在位1835-1847年)冊封式典さっぽうしきてん

 

編集後記

 

ウムイ

それぞれの暮らしの中で蓄積された大衆の思いが、地球大のコップいっぱいに満たされ、最後の一念によって溢れ出すかのように、一つの「舞い」が生まれてくるのでしょうか。

 


 

参考文献(本)のイメージ画像
参考文献:一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...

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マブイ

ニライカナイから遊びにやってきた精霊。
伝統芸能の継承と発展を見守りつづけています。

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