舞踊

「若衆麾(ぜい)」 - 古典舞踊/若衆踊り

2020年4月24日

渡りざうわたりぞう瀧落したちをぅとぅし:器楽曲

 

歌唱を伴わない楽器のみで演奏される器楽曲きがくきょく。(インストゥルメンタル)

 

辺野喜節びぬちぶし:歌詞

 

波の声も止まれなみぬくぃんとぅまり 風の声も止まれかじぬくぃんとぅまり

唐土按司加那志とうどあじじゃなし 拝ですでらをぅがでぃすぃでぃら

 

波の音も止まれ(静まれ)、風の音も止まれ(静まれ)、

中国の王族方おうぞくかた冊封使さっぽうし)が、お目見えするのだから。

 

唐土とうど

唐土とうどとは中国を指し、冊封使さっぽうしがおこなわれていた年表を辿たどると明王朝みんおうちょう清王朝しんおうちょうの時代を示します。

 

按司加那志あじが(じゃ)なし

按司加那志あじが(じゃ)なし按司あじは王族を意味し、加那志が(じゃ)なしは「~様」といった敬称けいしょうに用いられます。

 

冊封使さっぽうし

琉球国王の即位式の際に、みん清王朝しんおうちょう(現在の中国)の詔勅しょうちょくさずけるために派遣された使節団しせつだんのことを指し、下記の図のように二隻にせき封舟ふうしゅう御冠船うかんしん)で来航らいこうした記録が残されています。

 

封舟到港図(中山傳信録)

封舟到港図(中山傳信録)※見開きページ接合改変 - 提供:人文学オープンデータ共同利用センター

 

浮島節うきしまぶし:歌詞

 

遊びぼしやあてもあすぃびぶしゃあてぃん まどに遊ばれめまどぅにあすぃばりみ

首里天加那志しゅゆいてぃんじゃなし お祝やことうゆえやくとぅ

 

歌、三線、踊りを楽しみたくとも、日頃はうたげをすることも無い、

(今日は)首里国王の御祝おいわいであるからうたげをするのである。

 

あし

歌、三線、踊りなどを楽しむうたげの場を指します。

※ページ下位の「補足」欄に「あしび」について追記しました。

 

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若衆麾わかしゅぜい」:演目解説

 

あらまし

琉球国王の王位継承おういけいしょうしゅくして元服じんぷく(※1)前の若衆わかしゅ太平たいへいの世を寿ことほぎ、末々すえずえの希望や大成の願いを込めて演じられる祝儀舞踊しゅうぎぶようです。

両手に持つぜいは、合戦時かっせんじに武将が指揮をるために使われた道具を指し、この戦の象徴となる道具の定義ていぎ逆説的ぎゃくせつてきに用いて、争いのない平安な世を願いたくしたところにこの演目の深いおもむきがあります。

八重山諸島に伝わる芸能においては、ざいは災厄を払う効果があるとされ、儀礼の場を清めるものとして扱われてきました。

1838年におこなわれた「いぬ御冠船うかんしん」では、二本の「ぜい」表裏の計4色(赤・白・青・練(薄黄))で踊られていた記録『校註 琉球戯曲集』(参考文献:一覧)が残っています。

 

元服じんぷく(※1)

琉球王国時代におこなわれていた数え歳15歳を祝う成人の儀式。

 

みどころ

演目は、器楽曲きがくきょくの「渡りざうわたりぞう」と「瀧落したちをぅとぅし」、「辺野喜節びぬちぶし」、「浮島節うきしまぶし」の四曲構成で演じられます。

器楽曲きがくきょく渡りざうわたりぞう」の演奏で登場して舞台中央で基本立ちになると、つづく「瀧落したちをぅとぅし」より若衆わかしゅの中性的な初々ういういしさをもって一連の手踊りと足運びに抑揚よくようをつけて踊っていきます。

器楽曲きがくきょくの演奏終了と共に、背中に差した二本のぜいを両手に持って、次の曲目につないでいきます。

辺野喜節びぬちぶし」では、おごそかな曲想きょくそうにあわせて両手に持つぜい悠然ゆうぜんと打ち振り、”唐土按司加那志とうどあじじゃなし 拝ですでらをぅがでぃすぃでぃら”の一節にあるように、冊封使さっぽうし歓待かんたいするおもてなしの心をもって演じていきます。

浮島節うきしまぶし」は、琉球国王の即位そくいをお祝いするおめでたい歌詞の内容に、二本のぜいをつり合いよく四方しほうにあつかいながら太平たいへいの世を寿ことほぎ踊りを納めていきます。

流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。

 

麾(ぜい)のアイキャッチ画像
「麾(ぜい)」 - 古典舞踊/二才踊り

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補足

 

毛遊びもうあしび

かつて沖縄では、歌、三線、踊りなどを楽しむうたげの場が各地に存在していました。

それらは毛遊びもうあしびと呼ばれ、民謡や楽器の演奏技術、舞踊、民話などの文化伝承でんしょうの場として交流をおこない、また、結婚適齢期の男女の出会いの場としての機能も果たしていました。

そののち、琉球王府が風紀ふうきの乱れを懸念けねんして、毛遊びもうあしびを厳しく規制したことにより時代と共に衰退すいたいしていきました。

歌人である恩納なべうんななびーが当時の様子を詠った琉歌りゅうかは多くの人に親しまれ、現代でも古典音楽として大切にがれています。

 

恩納節の工工四
「恩納節」- 古典音楽

恩納節うんなぶし:工工四   画像クリック→保存印刷できます。   歌詞   恩納松下にうんなまつぃしたに 禁止の碑のたちゆすちじぬふぇぬたちゅすぃ 恋忍ぶ迄のくいしぬぶ ...

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国王の巡業を迎える際にんだ下記の琉歌りゅうかは、この演目の「辺野喜節びぬちぶし」と「浮島節うきしまぶし」の歌詞にひもづいており、当時の時代背景を読み取ることができます。

 

琉歌:

波の声もとまれ 風の声もとまれ

首里天がなし 美御機拝ま

 

訳:

波の音も静まれ、風の音も静になれ

今、私が首里の王様のごきげんを伺いますから

 

(引用:沖縄県国頭郡恩納村くにがみぐんおんなそん万座毛まんざもう入り口にある歌碑かひより

 

※略歴

恩納なべうんななびー(18世紀頃)
確証性のある文献はないが現在の沖縄県国頭郡恩納村に生まれ、尚敬王の時代(1713~1751年)に活躍した女流歌人という言い伝えがある。
自然の情景、恋情を情熱的に詠む作風で、代表する作品には琉球古典音楽「恩納節」の琉歌がある。

 


 

参考文献(本)のイメージ画像
参考文献:一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...

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マブイ

ニライカナイから遊びにやってきた精霊。
伝統芸能の継承と発展を見守りつづけています。

好きな食べ物:苔
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