揚作田節(前段):歌詞
二葉から出でて 幾年が経たら
巌を抱き松の もたえ美らさ /\
訳
二葉から生じて(育って)、幾年が経ったのだろう。
大きな岩を抱くまでに茂った松の美しいことよ。
二葉
発芽して最初に出る二枚の葉のことを指します。
また、「物事の初め」、「幼少の頃」のように言葉を形容して使われます。
伊集早作田節(後段):歌詞
蘭の匂い心 朝夕思みとまれ
何時までも人の 飽かぬ如に /\
訳
蘭の匂い(香り)のように朝夕心に留めて、
いつまでも人に飽きられないよう。
蘭
南極をのぞいた熱帯から寒帯までの広範囲に分布している植物で、人工的に生育した交配種を含めると10万種もの種類が存在します。
これらのラン科の種を総称して蘭と呼び、沖縄の名護市に自生する名護蘭をはじめ、島々には100種余りの原種が生息しています。
「揚作田節(揚作田)」:演目解説
あらまし
演目は、古典音楽の「揚作田節」を軸に振り付けられた「扇子舞」、「長刀踊り」、「麾踊り」などを総称します。
「扇子舞」は、「揚作田節」と「伊集早作田節」の二曲で構成され、両手に扇子を持って演じられる祝儀舞踊です。
「長刀踊り」は、組踊による仇討の場面を琉球舞踊として独立させた演目で、「揚作田節」の一曲に長刀(薙刀)を持って演じられます。
その他、麾(合戦時に武将が指揮をとるために用いた道具)を持って演じられる「麾踊り」もこの演目に含まれます。
古典舞踊の位置づけ
『古典琉球舞踊の型と組踊五組』(参考文献:一覧)によると、「扇子舞」、「長刀踊り」は近世になってから振り付けられた舞踊であると記してあります。
また、同書の演目解説では、阿波連本啓師によって琉球古武道の「鎌の手」を舞踊化した「揚作田節(揚作田)」が写真と共に掲載されています。
演目自体は古典の様式を踏襲し、また「麾踊り」は琉球王国時代より継承されているため、本サイトにおいては古典舞踊の二才踊りとして紹介します。
※略歴
■阿波連本啓(1903-2001)
沖縄県那覇市首里に生まれる。
阿波連本流啓扇会啓舞踊研究所会長
勲五等瑞宝章、沖縄文化連盟功労賞
代表する作品に「綱曳」、「築城」、「鏡」、「出陣」などがある。
みどころ
この演目は、複数の舞踊形式を内包しているため本文では近年によく演じられている「揚作田節」と「伊集早作田節」の二曲で構成される「扇子舞」を記していきます。
前段「揚作田節」の前奏で、舞台下手奥から上手奥へ直線を歩み、舞台中央で基本立ちになると、”二葉から出でて”の歌い出しより両手に持つ扇子を優美にあつかいながら人生を寿ぎ、演じていきます。
”巌を抱き松の”の一節では、両手に持つ扇子を前方に出して抱きかかえるように交差させ、岩を抱いた美しい松の情景を写実的に描いていきます。
次の反復句(※1)までの間奏部では、扇子を閉じて踊る一連の振りで演目に彩りをつけ、”もたえ美らさ”の一節で、斜めに扇子をはためかせて壮麗な趣を演出していきます。
後段「伊集早作田節」は、”蘭の匂い心”の一節で両手の扇子を頭上にかざして花に見立て、”朝夕思みとまれ”の一節では扇子を左右に靡かせながら蘭の香りの奥ゆかしさを表現していきます。
全体を通してテンポの良いリズムに足拍子をとりながら、二才踊りの精悍さをもって踊りを納めていきます。
反復句(※1)
旋律、句を繰り返すことを指します。
物語性を強調したり、楽曲のまとまりをよくするために使われます。
※流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。
補足
「字兼城の二才踊り・揚作田」
沖縄県南城市南風原町に伝わる「字兼城の二才踊り・揚作田」は、「御冠船踊り(※2)」として、旧暦の八月十五日におこなわれる村遊び(村の芸能、行事)で伝承され、無形民俗文化財に指定されています。
両手に麾を持ち、腰を深く入れた構え、活発な足の運び、力のこもった麾の手の振りなど、全体として動きが力強く大らかなところは、いかにも伝統の古さを感じさせる踊りとなっています。「揚作田節」に次の歌詞で踊られる。
揚作田節:歌詞
常磐なる松の 変ること無いさめ
いつも春くれば 色どまさる
「御冠船踊り(※2)」
琉球国王の即位時に、冊封使(明、清の使者)を歓待する祝宴で演じられた諸芸能のことを指します。
明、清の時代の皇帝より授けられた冠を携えて来航したことから「御冠船」という名がつき、1404年から1866年の間、計22回おこなわれました。
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参考文献:一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。 1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...
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