本花風節(前段):歌詞
三重城に登て 打ち招く扇
またもめぐり来て 結ぶご縁
訳
三重城に登って、(出船)に打ち招く扇は、
再び巡り会うご縁を結ぶためです。
下出し述懐節(後段):歌詞
里前御船送て 戻る道すがら
降らぬ夏雨の 我袖ぬらち
訳
愛しい人の船をお見送りして帰る道すがら、
夏のにわか雨は降っていないのに、私の袖は(涙で)濡れています。
早作田節(後段):歌詞
いめ着かは里前 御状持たちたぼれ
心やすやすと 御待ちしやびら
訳
愛しい人よ、お着きになったらお手紙をください。
心穏やかにして、お待ちしおります。
クバ扇
クバはヤシ科の常緑樹で別名ビロウと呼びます。
昔から人々の生活と深く関わり、耐久性や撥水性がよいため生活資材として重宝されてきました。
扇の用途は、通常涼むために使われますが、昔は神を招き縁起を担ぐものとして扇を打ち招くという意味があったようです。
また、クバの木は空に向けて高くまっすぐ成長するので、神が天から召される木としてあがめ奉られてきました。
「本花風」:演目解説
あらまし
愛する人の航海の無事を祈り、別離と再会を願う心情を舞踊化した演目になります。
「本花風」の「本」は、”元祖、本来”の意味合いをとり、明治28年頃に好評を博した雑踊りの「花風」と区別するために名付けられたといわれています。
「花風」は、郭所の芸妓が藍傘を持って終始やりきれぬ寂寥感を表現していくのに対して、「本花風」は、士族の女性がクバ扇を持って別れの悲しみをあらわしながらも、また再開する日を心待ちわびる内容で描かれています。
古典舞踊の位置づけ
慶応三(1867)年「寅の御冠船(※1)」の時代に演じられた「本花風」の原型が「踊番組(※2)」に記されています。
演目名は「女踊、団扇」と表記され、「稲まづん節」の一曲に「本花風節」の”三重城に登て 打ち招く扇~”と同じ歌詞で構成されています。
現在に伝わる演目も古典の様式を踏襲しているため、本サイトにおいては古典舞踊(その他)として紹介いたします。
「御冠船(※1)」
琉球国王の即位時に、冊封使(明、清の使者)を歓待する祝宴で演じられた諸芸能のことを指します。
明、清の時代の皇帝より授けられた冠を携えて来航したことから「御冠船」という名がつき、1404年から1866年の間、計22回おこなわれました。
「踊番組(※1)」
慶応2(1866)年におこなわれた寅年御冠船を記録した文献。(参照:南島採訪記)
みどころ
演目は、「本花風節」を軸として、後段の楽曲構成には二通りの型(後述)がありますが、本文では、「下出し述懐節」の型をピックアップして解説していきます。
前段「本花風節」の前奏で、クバ扇を手に持ち《角切り※1》で歩み基本立ちして、”三重城に登て”の歌い出しで《思い入れ※2》をします。
”打ち招く扇”の一節よりクバ扇を二回上下させ、”またもめぐり来て”で両手を交差させながら大きく開いて、愛しい人への航海の安全、別離と再会の心境を綴っていきます。
”結ぶご縁”の一節で、クバ扇をそっと両手で祈るように挟み二人の契りをあらわします。
後段「下出し述懐節」では、”戻る道すがら”の一節で哀調を帯びながらあごに手を添え、”我袖ぬらち”の一節でみせる袖をかける振りに、自身の涙を夏のにわか雨に映し重ねて、思慕深い感情表現を注ぎながら踊りを納めていきます。
「本花風」の構成
演目は前段の「本花風節」を軸として、後段の楽曲構成には二通りの型があります。一つは「下出し述懐節」を組み合わせた渡嘉敷守儀師の流れを受け継いだ型と、もう一つは「早作田節」を組み合わせた渡嘉敷守良師の流れを受け継いだ型があります。
また流派によっては、演目の要所に独自の工夫をこらして踊られています。
《角切り※2》
踊り手が舞台を斜めに、下手奥から上手手前へ向かって対角線上に歩み出ること。
《思い入れ※3》
心に深く思いをそそぎこむ所作。
※略歴(順不同)
■渡嘉敷守儀1873-1899)
沖縄県那覇市首里に生まれる。
渡嘉敷守良の兄にあたる。
近代の沖縄演劇の役者であり、歌劇の創作者。
代表する作品に、琉球歌劇の「茶売やあ」、「主人妻」がある。
■渡嘉敷守良(1880-1953)
沖縄県那覇市首里に生まれる。
御冠船、組踊、古典女踊りの名手。
代表する作品に、時代劇の「今帰仁由来記」がある。
補足
「三重城」
沖縄県那覇市にある城砦跡。
琉球王国時代より貿易港として栄えた那覇港の沖合(4つの橋が連なる長堤の先)に築かれ、当初は海賊から防衛するための役割を担っていました。
対岸にある屋良座盛築城(1554年)の後に築かれたので、新城とも呼ばれています。
明治から大正にかけて長堤の部分は埋め立てられ現在の地勢になりました。
-
-
参考文献:一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。 1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...
続きを見る