前の浜節(第一曲目):歌詞
”エイエイ” 前の浜に 前の浜に ちり飛びゆる ”サ” 浜千鳥
”エイサ” 友呼ぶ声は ちりちりや ちりちりや
”エイエイ” 渡地の渡し舟 漕ぐ舟(艫)の ”サ” 櫓の音か
”エイサ” からりころり漕げば 行ぎやい来きやい
訳
前の浜に飛びかう浜千鳥、
仲間を呼ぶ鳴き声はチリチリと聞こてくえる。
渡地の渡し舟を漕ぐ船尾の櫓の音か、
からりころりと漕いで、行ったり来たりしている。
渡地
現在の那覇市東町の一角に存在した地名。
当時は、陸から少し離れた小島でしたが、明治初年に埋め立てられて地続きになりました。
対岸の垣花(現在の那覇軍港)への渡船場であったことにちなんで”渡地”と名付けられました。
艫と櫓
艫とは船尾(船の後部)のことを指し、櫓は船尾に取り付ける翼型の形状をした漕具で、左右に動かしながら推進力をつけて操縦します。
坂原口節(第二曲目):歌詞
”エイエイ” 今日の座敷は 祝いの座敷 亀が歌えば ”ナァ” 鶴は舞ふる
”エイエイ” 上り下りの 坂原越えて もとの都に ”ナァ” 早や帰る
訳
今日の座敷は祝いの座敷で、亀が歌えば鶴は舞う。
上り下りの坂や野原を越えて、晴れて元の都に帰ってきた。
流派による違い
「坂原口説」の二番を、”エイエイ” 君は百歳 わしゃ九十九まで 共に白髪の”ナァ”生えるまで”の一節に置き換えて踊る形式もあります。
与那原節(第三曲目):歌詞
嘉例吉の遊び 打ち晴れてからや ”エイソレソレ”
夜の明けて太陽の 上がるまでも
”アソレ” 足拍子手拍子打ち囃子 踊り跳ね 遊ぶ嬉しや
”夜の明けて太陽や” 上がらはもゆたしや ”エイソレソレ”
”巳牛時までや” 御祝しやべら
”アソレ” 足拍子手拍子打ち囃子 踊り跳ね 遊ぶ嬉しや
訳
おめでたい催しが盛り上がってきたから、夜が明けて太陽が昇るまで踊り続けましょう。
夜が明けて太陽が昇ってもよい、お昼までお祝いを続けましょう。
嘉例吉
おめでたいこと、縁起がよいことを示す言葉です。
巳牛時
巳の刻(午前10時)から牛の刻(午後2時)までのお昼の時間を指します。
「前の浜」:演目解説
あらまし
「前の浜」から見晴らす美しい景観を描くとともに、渡し舟が往来する賑わいと、飛び交う浜千鳥の姿を映し重ね、お祝いの場に興じる様子を加えてまとめられた祝儀舞踊です。
空手の型を取り入れながら、力強い手踊りで表現していきます。
「前の浜」は流派によって、楽曲の構成にいくつか違いがみられます。
演目の歴史を辿ると、「踊番組(※1)」に各楽曲が独立して演じられていた記録が残されており、近年になって三曲構成に仕上がったものであると考えられています。
踊番組(※1)
慶応2(1866)年におこなわれた寅年御冠船を記録した文献。
みどころ
演目は、「前の浜節」、「坂原口説」、「与那原節」の三曲で構成されています。
第一曲目(出羽)「前の浜節」の前奏にあわせて舞台下手奥から上手奥へ向かって直線を歩み、”ちり飛びゆる ”サ” 浜千鳥”で交互に両手を上に添えて飛び交う浜千鳥の様子をあらわし、”からりころり漕げば”の歌詞にあわせて、舟を漕ぐ振りを写実的に表現していきます。
第二曲目(中踊り)「坂原口説」では、”今日の座敷は 祝いの座敷”より、両手を大きく広げる舞いにお祝いの場の喜びをあらわしていき、”上り下りの 坂原越えて”では手をすばやく上下させ、一連の流れる所作に若者の凛々しい姿をあらわしていきます。
第三曲目(入羽)「与那原節」の”嘉例吉の遊び 打ち晴れてからや”の一節で、武の要素を取り入れて両腕を力強く構え、”足拍子手拍子打ち囃子”では、実際に足と手を使って拍子を打ち、活発な心意気をあらわしながら踊りを納めていきます。
出羽/中踊り/入羽
出羽は踊り手が登場する出の踊り。中踊りは舞台中央奥で立ち直りをしたあとの本踊りを指し、入羽は舞台下手奥に戻っていく納めの踊りのことを指します。
琉球古典舞踊の基本構成は、この三部のつながりで成り立っています。
※流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。
補足
「浜千鳥」
浜辺にいる小鳥(千鳥)を指し、学術上ではチドリ目の科を総称しています。
浜辺、干潟、河川、湿地の水辺や草原などの野山に生息する渡り鳥で、”千”の名に由来して多数で群れをなし生活することから千鳥と呼ばれています。(または”チ”という鳴き声から由来。)
沖縄に飛来し生息するチドリ目の鳥には、沖縄で繁殖するシロチドリをはじめ、ムナグロ、ダイゼン、コチドリ、メダイチドリ、他複数の種類が確認されています。
沖縄最古の歌謡集「おもろさうし」巻十三973(228)には、叙景的に浜千鳥の様子がうたわれている節があり、昔から人々の心象に深い関りがあったことがうかがえます。
おもろさうし - 巻十三 973(228):原文
一 きこゑ、あけしのか、
はまちとり、おゑたて、
おへおへと、おゑたて
わがうらの、うらはりきや、みもん
又 とよむ、あけしのか
又 あさとれか、しよれは
又 ようとれか、しよれは
又 ふなこ、ゑらて、のせわちへ
又 てかち、ゑらて、のせわちへ
訳
聞こえ明忍が
浜千鳥を追い立て
追え追えと追い立て
我が浦の浦走りが見物
鳴響む明忍が
朝凪がすれば
夕凪がすれば
船子選び乗せて
船手選び乗せて
各楽曲の一貫性
「おもろでは千鳥は船と見立てられ、八重山に伝承される古謡では、千鳥が浜に群れて世果報をもたらす鳥とうたわれる。」『琉球文学における「千鳥」の諸相』(参考文献:一覧)
「前の浜節」の歌詞の内容については、お祝いをうたった他の曲と一貫性がないように思われますが、浜千鳥は世果報(※2)をもたらす鳥として言い伝えられてきたことから、三曲ともに祝儀舞踊の要素を含んだ楽曲といえるでしょう。
世果報(※2)
古来からの信仰である弥勒世果報の言い伝えで、弥勒様がもたらす穏やかで平和な世の中、幸福で実り豊かな世の中などをあらわします。
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参考文献:一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。 1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...
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