音楽

「港原節」- 古典音楽

工工四

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歌詞

 

うちならしならしうちならしならし 四つ竹はならちゆつぃだきわならち

今日や御座出ぢてきゆやうざぅんぢてぃ 遊ぶ嬉しやあすぃぶうりしゃ

 

打ち鳴らし、鳴らし四つ竹を鳴らして、

今日は晴れの舞台に出て踊ることのなんと嬉しいことよ。

四つ竹ゆつぃだき

  • 約10~15センチに切った竹材に朱色を塗り、飾り紐で二つの竹片をつないだ小道具(伴奏楽器)。”カチカチ”と二つの竹を打ち合わせて演奏し、両手あわせて四枚の竹片を使用していることからその名がつきました。

 

四つ竹(楽器・小道具)

四つ竹(楽器・小道具)

 

解説

港原節んなとぅはらぶし」は四つ竹を打ち鳴らす音色が心地よく響く祝いの座で優雅ゆうがに踊るシーンを描いた歌曲です。

『嗣周・歌まくら』那覇出版社によると、「港原は大宜味村鏡地原からずっと奥までの広い地域の農耕地を所有する力の強い部落であって、巡視役人などの宿泊所でもありました。」と記されていることから、本曲は琉球王府の役人をもてなす宴席で演奏された歌曲ではないかと考察します。

「鏡地原」を地図で調べたところ、現在の大宜味村おおぎみそんのやや上に位置する国頭村奥間くにがみそんおくまに「鏡地原かかんじばる」の地名が存在します。

かつてこの地域一帯は首里城の建築用材を献上けんじょうするために、山々から伐りだした材木を運搬するなどして村集落の生活基盤を築いていました。

当時、材木の検査や運搬の指揮にあたっていた「捌理さばくい」と呼ばれる琉球王府の役人が駐在ちゅうざいしていたそうです。

材木を運搬する時には労働歌である「ハイヨヤエ節はいゆえぶし」、別称「国頭さばくいくんぢゃんさばくい」が歌われていました。

 

補足

 

替え歌

港原節んなとぅはらぶし」の歌詞は琉球舞踊「四つ竹ゆつぃだき」の演奏曲「踊こはでさ節をぅどぅゐくふぁでぃさぶし」をはじめ多くの曲目で歌われています。

 

替え歌

旋律が借用しゃくようされ、原歌と替え歌の関係が派生したのは最古の歌謡が集録しゅうろくされている「おもろ」の時代からであり、今日に至るまで一つの伝統形式として成り立っています。

『おもろさうし』 は12世紀から17世紀にかけて島々でうたわれていた歌謡を採録さいろくし、1531年から1623年にかけて編纂へんさんされた最古の歌謡集です。

「おもろ」の語源は 「思いうむい」 を意味します。

 


 

参考文献(沖縄の本)のイメージ画像
参考文献一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において参考にさせて頂いた全ての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守 ...

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ニライカナイから遊びにやってきた豆電球ほどの妖怪です。

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