音楽

「出砂節」- 古典音楽

2021年9月29日

出砂節いでぃすぃなぶし:工工四

 

出砂節の工工四

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歌詞

 

出砂のいべやいでぃすぃなぬいびや 泉抱きもたへるいずみだちむてる

思子抱きもたへるうみぐゎだちむてる とのち里之子とぅぬちさとぅぬし

 

出砂の御嶽は泉を抱くように鎮座している。

(同じように)我が子を抱いて守り育てる、とのち里之子。

いべいび

いべいび = 忌部

神をまつる場所。

とのちとぅぬち

”とのち”については文献史料しりょうによって諸説あり、殿内とぅんち(格式のある屋敷)が由来している説や、”渡名喜となき”が転訛したという説がある。

里之子さとぅぬし

15世紀頃より、琉球王府りゅうきゅうおうふ位階いかい制度と呼ばれる身分の序列じょれつを制定し、18世紀になると「九品十八階」の制度が確立される。

里之子さとぅぬしは一般士族の中級階層にあたり、功績を積んでいくと士族の最高位である親方うぇーかたの称号まで昇格することができる。

身に着ける冠(ハチマチ)やかんざし(ジーファー)の色や素材によって等級、身分を区別していた。

琉球の位階Wikipedia

 

楽曲の解説

出砂節いでぃすぃなぶし」は島尻郡渡名喜村いしまじりぐんとなきそんに属する出砂島いですなじま(無人島)を舞台にまれた歌曲です。

隣合わせに位置する渡名喜島となきじまでは、旧暦四月に豊年ほうねんや健康など島の繁栄を祈願するシマノーシ祭(島直し)と呼ばれる祭祀さいし行事がおこなわれます。

出砂島いですなじまには四か所の御嶽うだき(※1)があり、渡名喜島となきじまの人々は神が来訪する島として古くより信仰の対象としていました。

人々の生活には欠かすことのできない水源(泉)を囲むように鎮座している御嶽うだき

その風景に我が子を抱いてる里之子さとぅぬしの姿を映し重ね、村集落の繁栄を祝います。

 

御嶽うたき(※1)

神が存在、または来訪する聖域。

御嶽うたきは森や川、島全体、他にも井戸や墓石などさまざまな形態があります。

木の繁みの中心に忌部石いびいし(神が来訪する標識)を配置しているところが多く見られます。

 

出砂島いでぃすぃなじま

那覇市から西北約60キロメートルに位置する渡名喜島となきじまから4キロメートル西方にある入砂島いりすなじま(無人島)。

別名で出砂島いですなじまとも呼ばれています。

現在は島全体が米軍の演習場として使用され、爆撃で地平は荒廃し、四か所あった御嶽うだきはすべて消失しました。

 

渡名喜島と出砂島

渡名喜島(前方)と出砂島(後方)

 

補足

 

舞踊曲として

出砂節いでぃすぃなぶし」は歌詞を替えて、古典舞踊の「本嘉手久むとぅかでぃく」で演奏されます。

 

替え歌

歌詞にあわせて旋律が借用され、本歌と替え歌の関係が派生したのは古くには文献が残されているオモロの時代からであり、今日こんにちの創作舞踊にいたるまでひとつの伝統形式として成り立っています。

 

本嘉手久のアイキャッチ画像
「本嘉手久」 - 古典舞踊/女踊り

本嘉手久節むとぅかでぃくぶし(第一曲目):歌詞(野村流)   深山鶯のみやまうぐいすぃぬ 節や忘れらぬしつぃやわすぃりらん 梅の匂忍でんみぬにをぃしぬでぃ ほけるしゆらさふきるしゅらさ &n ...

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参考文献(沖縄の本)のイメージ画像
参考文献一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考させて頂いたすべての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 ...

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