萬歳口説:歌詞
1.
親の仇を 討たんてやり 万歳姿に 打ちやつれ 棒と杖とに 太刀仕込で
2.
編笠深く 顔隠ち 忍び忍びに 立ち出でて 村々里々 越え来れば
3.
平良や忍ぶ 敵の門 兄弟尻目に 見過して 後ろの道に 廻り来て
4.
行く末吉の 御神に 祈る心は 我が敵に 急ぎ引合わせ 賜れてやり
5.
登て社壇に 願立てて 真南に向かひて 眺むれば 四方の景色の 面白や
6.
慶伊と慶良間の 渡中には 海士の釣り船 浮きつれて 沖の鴎と 見紛ふや それから下り 下り来て ”エイ” 御寺御門に 立ち寄やり 休む姿や 他所知らぬ
訳
1.
親の仇を討つために万歳姿に扮し、棒と杖に太刀を仕込んで
2.
編笠を深くかぶって顔を隠し、人目に立たぬように外に出て、いくつもの村や里を越えていくと
3.
平良の敵の門を兄弟横目に見過ごして、後ろの道を廻り道して行く
4.
末吉宮の神様に「敵に早く引き合わせてください」とお祈りする
5.
社壇に登り祈願して、南に向かい眺めると四方にみえる景色がなんと素晴らしいことよ
6.
慶伊瀬島と慶良間の沖合には漁師の釣り船がいくつも浮かんでいて、沖の鴎と見間違う。それから下に降りてお寺の御門に立ち寄り休んでいる姿は誰も気づかないだろう
平良
- 現在の那覇市首里平良町に位置する高平山周辺の地名。
- 高平山は、物語上で敵方の高平良御鎖の屋敷があった場所として設定されている。
末吉宮
- 那覇市首里末吉町にある末吉公園の小高い山頂に位置する御宮。1456年頃に創建、別名「社壇」と呼ばれる。
慶伊瀬島
- 那覇港より約2kmにある慶良間諸島に属する干瀬。別名、チービシ環礁と呼ばれており、神山島、クエフ島、ナガンヌ島の3つの島から形成される。
下の画像をクリックする(スマホは指で広げる)と拡大表示になります。
萬歳かふす節:歌詞
万歳かふすや やんざいかふすや
二月御穂立て 穂祭や
天より下りの
何の日取りや 良い日取り
米や重さり 石や軽さり
天より下りの
布織り上手の 綾織り男の
錦の金襴 唐苧の金襴
男の長者の 荷馬の長者の
荷負ひよはれて やんざよはれて
やんざやんざと 馬乗て通れば
一段とほめられた 今日も明日も御祝事よ
訳
万歳講者、行脚講者、
二月実りの穂祭りは、
天より降りて、
何の日取りか良い日取り(何時か吉日を選んで)。
(民家をまわって戴いた)米は重くて石は軽い。
天より降りて、
布織が見事な、綾織りを羽織った男が、
錦の金襴、唐苧(からむし)の金襴(を着て)、
男の長者は、馬に荷を背負った長者は、
荷負(お布施)を祝って、行脚(修行)を祝って、
「行脚(修行)、行脚(修行)」と馬に乗って通れば、
一段と(人々)から誉められた。今日も明日もお祝い事だ。
※歌詞の直訳のほか、文脈を補うため括弧内に補足を追記しています。
万歳講者、行脚講者
- 万歳講者(行脚講者)は家々を訪ねて門付芸能をおこなう芸人(京太郎)のことを指す。一説によると、行脚村(現在の那覇市首里久場川町の東端)に居住しており、地名があんぎゃ(あんにゃ)であることから、あんじゃ、やんざいと転訛していったと云われている。参考:『南島方言史攷/ 伊波普猷』
二月穂祭り
- 旧暦2月におこなわれる麦の豊作を祈願する神事。
唐苧(からむし)
- 苧麻(植物)
おほんしやれ節:歌詞
隣の耳切れ鼻切れ ごね引き猫が
目はげ首白鼠に 荒頸くはれて
叫らせおらばせ飛のがせ
思入りや 里一人だう
里が物言ひくらしやや 何に譬るが
ほだのぢやげなや
訳
隣の耳が切れて鼻が欠けて、びっこを引いた猫が、
目のただれた首もとの白い鼠に不格好な首筋を噛まれて、
叫ぶことも大声をあげることも飛び上がることもできない(このような寓話を聞いても)、
考え込んでいるのは貴方一人だけだよ。
貴方の話しぶりがうしろ暗いのは何に譬えられようか、
危うく騙されるところだった。
さいんそる節:歌詞
京の小太郎が作たんばい 尻ほげ破れ手籠尾すげて
板切目貫き乗り来たる みいははとしいつやうんつやうん
やんざいかふすや馬舞者 がいず舞うた獅子舞うた
かにあるものお目かけため をかしやばかり
”シタリガツヤウンツヤウン ヤアツヤウンツヤウン”
訳
京都の小太郎が作った、底が抜けて破れた手籠に緒を付けて、
板切れに穴を貫き(馬に見立てた木に)乗って、驚いた様子の(馬を)どうどう(かけ声)
行脚講者(万歳芸人)は作り馬(春駒)で舞い、がいずが舞って、獅子が舞う。
思いがけないものにお目にかかり、なんともおかしいばかり。
”よーし、どうどう、さあ、どうどう(かけ声)”
馬舞者
- 腰に作り馬(春駒)をつけて踊る舞手
がいず
- 猊子 = 獅子によく似た伝説上の生物
※または、戒師 = ”人形”とする解釈がある。参考:『琉球に於ける傀儡の末路と念仏及び万歳の劇化/山内 盛彬』
演目:解説
ポイント
「高平良万才」は琉球王国の国劇である組踊(※1)「万歳摘討」の作中にある一場面を琉球舞踊として独立させた演目になります。
編笠をかぶり手には杖串(※2)を持って、口説(※3)の節まわしにあわせながら兄弟の心情を道中の風景に映し重ねます。
兄弟が万歳芸人に扮して演じる一連の踊りは、門付芸能の要素を取り入れながら琉球芸能独自の表現技法で構成されます。
組踊(※1)
琉球王国時代の1718年に踊奉行(式典の際に舞台を指揮、指導する役職)の任命を受けた玉城朝薫により創始された歌舞劇です。
台詞、舞踊、音楽の三つの要素から構成された古典芸能で、1972年に国の重要無形文化財に指定され、2010年には世界のユネスコ無形文化遺産に登録されました。
杖串(※2)
杖を象徴し、演目の用途によって使い分けができるように短い竹(約60cm)で作られた小道具です。
琉球舞踊や組踊で演じられる道行の場、刀を表象する所作に用いられます。
口説(※3)
七句と五句を繰り返すリズミカルな七五調に道行の情景を述べていきます。かつて日本本土より伝わった節まわしとされ、基本は大和言葉を用いて歌います。
組踊「万歳敵討」
父親である大謝名の比屋が高平良御鎖に闇討ちされ、残された兄弟の謝名の子と慶雲が仇を討つために万歳芸人に扮して身を隠しながら旅に出ます。
やがて高平良御鎖を見つけ出すと万歳芸を演じながら近づき、最後は敵を討ち取って見事に復讐を果たす内容の物語となっています。
みどころ
演目は「万才口説」、「萬歳かふす節」、「おほんしやれ節」、「さいんそる節」の四曲で構成されます。
第一曲目「万才口説」の前奏より、編笠をかぶり杖串を手に持って《角切り※3》で登場し、直線的な手の振りに力強さをあらわし全体を通して「口説」の内容を写実的に描いていきます。
2番の”編笠深く 顔隠ち”の一節で、編笠に手を添えながら歩む所作に旅立ちの決意をあらわし、4番の”祈る心は 我が敵に”では、これから仇討に挑もうとする決意を《二段バネ※4》の表現技法でアクセントをつけ演目を盛り立てていきます。
第二曲目「萬歳かふす節」は万歳芸人になりすまして、素性を悟られないように敵方へ向かう場面になります。
手に持つ獅子頭(馬頭)に生命の息吹を吹き込むように、両手で巧みに操りながら万歳芸を踊ります。
第三曲目「おほんしやれ節」は敵方の面前に立って踊る場面で、小道具は持たずに身体の動きと手踊りで相手の隙をうかがいながら演じていきます。
”ぐぬ引き猫が”と”思入りや”の一節で演じる《二段ガマク※5》の所作は、高度な表現技法を必要としこの演目の一つの見所です。
第四曲目「さいんそる節」は殺気を感じとった高平良御鎖がその場から逃れようとしますが、兄弟が行く手を遮り、見事に親の仇を討ち取る物語終盤の場面です。
曲調が一転し、早いテンポにのせた一連の振りに気迫をみせ、”みいははとしいつやうんつやうん”と”したりがつやうんつやうん やあつやんつやん”の囃子では躍動感のある春駒の要素を取り入れながら踊りを納めていきます。
※流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。
《角切り※3》
踊り手が舞台を斜めに、下手奥から上手前へ向かって対角線上に歩み出ること。
《二段バネ※4》
両手を引いてから、もう一度大きく引く動作。
《二段ガマク※5》
腰を入れてから、もう一度深く腰を入れる動作。
補足
「門付芸能」
京太郎と呼ばれる芸人が、お正月やお盆などのお祝い事になると各地の家々をまわり「万歳」の祝言、「春駒」、「鳥刺し舞」の演目、仏と呼ばれる人形をたずさえて「人形芝居」を演じました。
また、法事がある時は念仏者と呼ばれる芸人が供養の念仏歌を唱えに葬家を訪ねていた記録が残されています。
これらの芸人集団は家々をまわり芸を演じて日々の生計を立てていましたが、明治期になると社会の変遷とともに活動が廃れ、ついには離散してしまいました。
現在でも沖縄本島の宜野座村、沖縄市泡瀬などでその芸能種目が継承されています。
古典音楽
古典音楽のカテゴリーでは、「口説」、「萬才かふす節」、「おほんしやれ節」、「さいんそる節」の曲目について解説しています。
「口説」- 古典音楽
工工四 印刷・保存 【工工四について】 歌詞 1. 旅の出立ちたびぬんぢたち 観音堂くゎんぬんどう 千手観音しんてぃくゎんぬん 伏し拝でふしをぅがでぃ 黄金酌とてくがにしゃくとぅてぃ 立 ...
続きを見る
「萬歳かふす節」- 古典音楽
工工四 印刷・保存 【工工四について】 歌詞 万歳かふすやまんざいこーすぃや やんざいかふすややんざいこーすぃや 二月御穂立てにぐゎつぃうふだてぃ 穂祭やふまつぃりや 天よ ...
続きを見る
「おほんしやれ節」- 古典音楽
工工四 印刷・保存 【工工四について】 歌詞 隣の耳切れ鼻切れとぅないぬみみちりはなちり ごね引き猫がぐにふぃちみゃーが 目はげ首白鼠にみはぎくびしるうぇんちゅに 荒頸くは ...
続きを見る
「さいんそる節」- 古典音楽
工工四 印刷・保存 【工工四について】 歌詞 京の小太郎が作たんばいちょうぬくたるがつぃくたんばい 尻ほげ破れ手籠尾すげてちぃふぎやりてぃるをぅすぃぎてぃ 板切目貫き乗り来 ...
続きを見る
参考文献一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において参考にさせて頂いた全ての文献をご紹介します。 尚、引用した文章、一部特有の歴史的見解に関しては各解説ページの文末に該 ...
続きを見る