舞踊

「波平大主道行口説(八重瀬の万歳)」 - 古典舞踊/二才踊り

2020年3月28日

大主手事うふぬしてぃぐとぅ

 

舞台に登場する際に演奏される器楽曲きがくきょく。(歌唱を伴わない楽器のみの曲)

 

波平大主ふぁんじゃうふぬし:名乗り

 

出様ちやる者やでぃようちゃるむぬや 玉村の按司の頭役たまむらぬあじぬかしらやく 波平大主ふぁんじゃうふぬし

主人若按司やしゅじんわかあじや 勝連の島のかつぃりんぬしまぬ 平安名大主の宿にふぇんなうふぬしぬやどぅに 隠れやりいまいんかくりやいいめん

如何やしがな我身やいちゃしがなわみや 味方集めやりみかたあつぃみやい 片時も急ぎかたとぅちんいすぢ 按司加那志かたきあじがなしかたき 討ち取らんともてうちとぅらんとぅむてぃ 与所目かくれやりゆすみかくりやい 島の島々里々よ忍でしまぬしまじまさとぅざとぅゆしぬでぃ 散り散りになとるちりぢりになとる 人数集めゆんにんずあつぃみゆん 

あゝ移ればかわるああうつぃりばかわる 人心やればふぃとぅぐくるやりば

平安名大主ふぇんなうふぬし 吉田の子二人ゆしだぬしぃふたい 謀叛事たくでむふんぐとぅたくでぃ 今月のはじめ頃くんつぃちぬはじみぐる 若按司よからめわかあじゆからみ 敵に降たんでてぃちにくだたんでぃ 語れべのあとてかたりびぬあとぅてぃ 今日ど我ない聞きゆるちゅうどぅわねちちゅる 

あゝ口惜しや残念ああくちをぅしやざんにん

かにある世の中にかねるゆぬなかに 永らへて居とてながらいてぃをぅとてぃ 朝夕胸中にあさゆむにうちに 煙たかよりかきぶりたかゆいか 急ぎ勝連のいすじかつぃりんぬ 島に走寄やりしまにはしゆやい 実不実尋ねじつぃふじつぃたずに まことどもやらばまくとぅどぅんやらば 先づまづぃ 平安名大主ふぇんなうふぬし 切り殺ちすててちりくるちすぃてぃてぃ

勝連の戻りかつぃりんぬむどぅい 直ぐに八重瀬のしぐにえーじぬ 城に立越しやりしるにたちくしゃい 悪按司と吉田あくあじとぅゆしだ 寸寸に切やりすぃんじんにちやい

城の人々にしるぬふぃとびとぅに 我が名打ち名乗てわがなうちなぬてぃ 快く我腹くくるゆくわがはら 縦横に切やりたてぃゆくにちやい 主人二人たのでしゅじんたいたぬでぃ 二心持ちゆるふたぐくるむちゅる 生族むざのいちさかしんざぬ いましめにしゆんいましみにしゅん

 

まかり出た者は玉村の按司あじ頭役かしらやく波平大主ふぁんじゃうふぬしである。

主君しゅくん若按司わかあじ御子息ごしそく)は、勝連の平安名大主ふぇんなうふぬしの屋敷に身を隠していらっしゃる。

どうにか味方を集めて一亥も早く主君しゅくんかたきち取るため、人目につかぬよういくつもの島や里にしのび込んで別れ別れになった同志どうしを集めよう。

ああ、しかし時が過ぎれば変わる人の心。

平安名大主ふぇんなうふぬし吉田の子ゆしだぬしぃの二人が謀反むほんたくらんで、今月の始め頃に若按司わかあじをだまし、敵方てきがたに引き渡したとの話を今日聞いたのである。

まことに残念なことである。

このような世の中に生きながらえ、朝夕も胸内むねのうちに不満を持つより、急いで勝連に行って事実を問いただしてそれが真実であるならば平安名大主ふぇんなうふぬしを切り捨て、

勝連から戻るなりぐに八重瀬の城に乗り込み、悪按司あくあじ(八重瀬の按司あじ)と吉田をずたずたに斬ってから、

城の人々に名前を名乗り、いざぎよく自分の腹を縦横に斬って、二君につかえる二心を持った不仕付ぶしつけな輩供やからどもいましめにするとしよう。

 

位階制度いかいせいど

琉球王府が制定した身分の序列で、15世紀に制度の基本がつくられ、18世紀になると「九品十八階」の位階いかい制度が確立されました。

按司あじ」、「若按司あじ」は王族に位置するため九品十八階にに含まれず、「大主うふぬし」が最も上の位階いかいに位置します。

当時は、身に着ける冠(ハチマチ)やかんざし(ジーファー)の色や素材によって等級、身分を区別していました。

琉球の位階Wikipedia

 

琉球王国の冠の画像

琉球王国の冠 - 提供:東京国立博物館

琉球王国時代のジーファー(かんざし)の画像

琉球王国時代の簪(ジーファー)- 提供:東京国立博物館

 

加那志がなし

「~様」、「尊い」といった敬称けいしょうの意です。

 

道行口説みちゆきくどぅち:歌詞

 

1.

さても移ればてぃむうつぃりば 変わりゆくかわりゆく 人の心ぞふぃとぅぬくくるず 浅ましやあさましや いざや最後のいざやさいぐぬ 出立ちにいんぢたちに

2.

有し様かへありしさまかい 編笠にあみがさに 深く面をふかくうむてぃをぅ 隠してぞかくしてぃず 行けば程なくゆきばふどぅなく 我謝安室がじゃあむる

3.

浜に千鳥のはまにちどりぬ 友呼ぶやとぅむゆぶや 聞くにつけてもちくにつぃきてぃん 哀れなりあわりなり のぼりのぼりてぬぶいぬぶいてぃ 中城なかぐすぃく

4.

しばしやすらひしばしやすぃらい 真南見ればまふぇみりば 故郷の名残もくちょうぬなぐりん 有明のありあちぬ 月に思ひぞつぃちにうむいず 勝るなりまさるなり

5.

東表をふぃがしうむてぃをぅ 見渡せばみわたしば 波にぬれぢのなみにぬりじぬ 津堅島つぃきんじま 降りて渡口のうりてぃとぅぐちぬ 村過ぎてむらすぃぢてぃ

6.

和仁屋間潮路にわにゃましゅーじに わけ入ればわちいりば 急ぢ歩でもいすぢあゆでぃん 歩まらぬあゆまらん ”エイえい” 今ど勝連なまどぅかつぃりん 南風原にふぇーばるに 急ぎ急いでいすぢいすいでぃ 忍で来やるしぬでぃちゃる

 

1.

時が過ぎれば変わるゆく人の心とは、情けないものだ。さあ最後の旅立ちだ。

2.

いつもの身なりを変え、編笠あみがさに深く顔を隠して歩み行くともなくして我謝、安室の村を通る。

3.

浜辺で千鳥が友を呼ぶ鳴き声を聞いていても寂しいものである。(道中を)上って行くと中城に着く。

4.

しばらく休んでから南を見ると、故郷への名残なごりも夜が明けるように月より思いがまさっている。

5.

東の方を見渡せば、波間にみえる津堅島。(道中を)下って渡口の村も過ぎて、

6.

和仁屋間の潮路(浅瀬)に入って、急いで歩こうとしてもうまく歩くことができない。ようやく勝連南風原に急ぎに急いで耐えながら到着した。

 

口説くどぅち

18世紀頃に本土から伝わってきた音楽の形式で、七句と五句を繰り返す七五調しちごちょうのリズミカルなふしまわしに心情しんじょうを述べていきます。(琉歌りゅうかは八八八六調の形式)

 

旅立ちの行程

道行口説みちゆきくどぅち」の歌詞に出てくる各地名を地図におこしてみました。

下の画像をクリックする(スマホは指で広げる)と拡大表示になります。

 

八重瀬城から勝連南風原までの地図

道行の行程(ルート)

 

画像準備中のイラスト

画像準備中です。もうしばらくお待ちください。

 

波平大主道行口説ふぁんじゃうふぬしみちゆきくどぅち八重瀬の万歳えーじぬまんざい)」:演目解説

 

あらまし

波平大主道行口説ふぁんじゃうふぬしみちゆきくどぅち」は、琉球王国の国劇である組踊くみうどぅい(※1)「忠臣身替の巻まちゅうしんみがわりのまき」の作中にある一場面を琉球舞踊として独立させた演目になります。

舞台のはじまりに演奏される器楽曲きがくきょくの「手事てぃぐとぅ」と、物語の経緯や状況を台詞せりふで述べる「名乗り」は組踊くみうどぅいの様式を受け継いだ演出表現で構成されています。

編笠あみがさをかぶり腰に大刀たちを指し、手には杖串ちーぐしを持って「口説くどぅち」の節回ふしまわしにあわせながら登場人物の波平大主ふぁんじゃうふぬしの心情を道中の風景に映し重ねて演じていきます。

 

組踊「忠臣身替の巻」

八重瀬按司あじは、玉村按司あじの夫人の美貌びぼうに心を奪われ手をかけようと大里城に攻め入りましたが、捕まる前に夫人は玉村按司あじと共に自害してしまいます。
残された若按司あじ(子供)は、なんのがれて勝連の平安名大主ふぇんなうふぬしのもとにかくまわれますが、そのことを知った敵方てきがたは、のちの災いをとうと大軍をあつめ勝連に攻め入る計画をたてます。

噂を聞き付けた玉村按司あじ家臣かしんである里川の長子 亀千代が、自ら若按司あじの身替わりになることを決意して、敵方てきがたの城に人質として向かいます。

一方、波平大主ふぁんじゃうふぬしは、平安名大主ふぇんなうふぬし反旗はんきひるがえして若按司あじを敵に渡してしまったとの誤った情報を聞き、憤慨ふんがいして勝連に乗り込み平安名大主ふぇんなうふぬしに問いただしに行きます。

結果、事の真相を知り誤解だと知った波平大主ふぁんじゃうふぬしは、いざ同志とともに八重瀬城を攻め込んで亀千代を救出し、見事に敵方てきがたを討ち取るといった内容の物語となっています。

 

波平大主の道行を踊る玉城盛重の写真

波平大主の道行を踊る玉城盛重師 - 提供:那覇歴史博物館

 

組踊くみうどぅい(※1)

琉球王国時代の1718年に踊奉行おどりぶぎょう(式典の際に舞台を指揮、指導する役職)の任命を受けた玉城朝薫たまぐすくちょうくん師により創始された歌舞劇かぶげきです。

台詞、舞踊、音楽の三つの要素から構成された古典芸能で、1972年に国の重要無形文化財に指定され、2010年には世界のユネスコ無形文化遺産に登録されました。

 

みどころ

演目は、「大主手事うふぬしてぃぐとぅ」、「波平大主ふぁんじゃうふぬし」の名乗り、「道行口説みちゆきくどぅち」の3部で構成されています。

器楽曲きがくきょく大主手事うふぬしてぃぐとぅ」の演奏より、編笠あみがさをかぶり腰には大刀たちを指して歩みにあわせながら手に持つ杖串ちーぐし(※2)を上下に振りかざし登場します。

角切りすみきり※3》で舞台中央まで歩み基本立ちになると、威風いふうのある構えで波平大主ふぁんじゃうふぬしの名乗りをとなえ、これまでの物語の経緯を所作しょさまじえて展開していきます。

与所目かくれやりゆすみかくりやい”の台詞せりふでは、面を下に落として人目に立たぬ様子を表現し、続けて”島の島々里々よ忍でしまぬしまじまさとぅざとぅゆしぬでぃ”の台詞で、一度上げた面を左から右へ三方へ配る所作しょさに戦いへいどむ決意をにじませていきます。

急ぎ勝連のいすじかつぃりんぬ 島に走寄やりしまにはしゆやい”では杖串ちーぐし(※2)を振り上げ語気を鋭く言い放ち、”切り殺ちすててちりくるちすぃてぃてぃ”と、”寸寸に切やりすぃんじんにちやい”の台詞せりふはや胸内むねのうちを太鼓のリズムでアクセントをつけて盛り立てていきます。

最後にとなえる”いましめにしゆんいましみにしゅん”の後、間髪かんぱつ入れずに「道行口説みちゆきくどぅち」の演奏に入る1コマは、地謡じうてーと踊り手がをはずさないように息を合わせ、打って変わり道行みちゆきを描いた踊りに転換する演目の一つの見所になります。

道行口説みちゆきくどぅち」では、波平大主ふぁんじゃうふぬしの心情を一連の所作しょさにあらわし、勝連までの道中の風景に映し重ねて描いていきます。

のぼりのぼりてぬぶいぬぶいてぃ 中城なかぐすぃく”の一節では、《ナンバン※4》の所作を用いて、馬が地面を踏むような力強さ、勇壮さをあらわして演じていきます。

有明のありあちぬ 月に思ひぞつぃちにうむいず”の一節で、手をひたいにかざして月を見る姿をあらわし、”和仁屋間潮路にわにゃましゅーじに わけ入ればわちいりば”では足を高く上げて潮路(浅瀬)を歩む姿を写実的に表現し、主君しゅくんかたきつために、終始気迫きはくのこもった所作しょさを取り入れながら踊りを納めていきます。

 

杖串ちーぐし(※2)

杖を象徴し、演目の用途によって使い分けができるように短い竹(約60cm)で作られた小道具です。

琉球舞踊や組踊で演じられる道行の場、かたな表象ひょうしょうする所作しょさに用いられます。

 

角切りすみきり※3》

踊り手が舞台を斜めに、下手奥しもておくから上手手前かみててまえへ向かって対角線上に歩み出ること。

 

《ナンバン※4》

同じ側の手と足を同時に出しながら歩む身体技法。

流派によっては、演目構成や所作が異なる場合があります。

 

補足

 

手事てぃぐとぅ

「按司手事」、「若按司手事」、「大主手事」。

組踊くみうどぅいの約束事の一つで、位の高い男役が舞台に登場する際に用いられる歌唱を伴わない器楽曲きがくきょく(インストゥルメンタル)のことを指します。

身分は王族である「按司」、「若按司」に次いで「大主」の順番となり、それぞれに曲調表現が異なります。

詳しくは、文化デジタルライブラリーをご覧ください。

 


 

参考文献(本)のイメージ画像
参考文献:一覧

書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において、参考にした全ての文献をご紹介します。     1.『定本 琉球国由来記』 著者:外間 守善、波 ...

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マブイ

ニライカナイから遊びにやってきた精霊。
伝統芸能の継承と発展を見守りつづけています。

好きな食べ物:苔
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