工工四
歌詞
古仁屋のほそなべが などはたかなちゆて
脇文子おわいべと ちやそひそはまひ
訳
古仁屋の細身のなべ(名前)はお高くとまって、
書記補役の役人といつも一緒にひっついている。
古仁屋
- 沖縄本島より北東へ約408kmに位置する奄美大島。古仁屋地区は島の南部に位置する集落で、琉球時代の行政区画(間切)に編成される。
など
- 自分自身
たかなちゆて
- お高くとまって
- 鷹のように飛び回って 『標音・評釈琉歌全集/武蔵野書院版』
脇文子おわいべ
- 脇文子は琉球王府が管轄する間切番所(地方行政)に設けられた役職名。書記に相当する事務職で、脇は補佐役を意味する。
- おわいべ = 親部 この語句の文献が乏しいため、明確な意味は不明とするが、《『ふるさとの歌』三ツ星印刷》では「召使」の解釈で記されている。
ちや
- いつも
そひそはまひ
- 付きまとう
- ひっついている
※”まひ”の語句を否定語とする解釈があり、その場合は「側で供することはない」の意味となる。《『ふるさとの歌』三ツ星印刷》
解説
「こにや節」は奄美大島の南部に位置する瀬戸内町古仁屋が発祥の地で、最古の琉歌集である『琉歌百控』(※1)には「古仁屋節」の節名で本曲が収録されています。
琉球王国が奄美群島を統治していた時代(15世紀頃)、古仁屋集落は行政区画(間切)に編成され、現在の地方自治体に相当する番所が設けられていました。
本曲はこの古仁屋集落を舞台に描かれた人間ドラマの一コマですが、史料によってさまざまな解釈の仕方があり難解な歌曲とされています。
『琉歌百控』(※1)
上編「乾柔節流」、中編「独節流」、下編「覧節流」の三部(全601首)からなり、1795年~1802年にかけて編纂された最も古い琉歌集です。
補足
地方行政の役職
琉球王国が統治していた時代、奄美大島は七つの間切(行政区画)に区分されていました。
笠利間切、住用間切、古見間切、名瀬間切、焼内間切、西間切(西方地区、実久地区)、東間切(古仁屋地区、鎮西地区)。
各間切には役所が設けられ、教養や技能の素養、従事期間により下級役人と上級役人の階級が位置づけられました。
役職
- 大親:地方行政の長。
- 与人:大親の補佐役。
- 目指:大親や与人の指示を受けて業務に従事(庶務)。
- 筆子(文子):記録を書きとどめる(書記)。
※琉球では文子と呼ばれ、脇文子、大文子などに分類される。 - 掟:種々の労役(雑役)。
参考文献一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において参考にさせて頂いた全ての文献をご紹介します。 尚、引用した文章、一部特有の歴史的見解に関しては各解説ページの文末に該 ...
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