工工四
歌詞
門に立寄り うかがへば 用心きびしく 夜まわりの
拍子木しげく 音すれば 忍ぶ思ひの 如何ならん
南無や八幡 大菩薩 力を合せて たべたまへ
北風はげしく 吹く音に まぎれて石垣 とび越えて
人目も今は 絶間ある 軒端の下に よりかかて
すはや火をかけ 火焔立つ
訳
城門に近付き様子を見ると、用心が厳しい夜の見廻りの
拍子木がしきりに音すれば、身を隠しているがどうなることか
南無と八幡大菩薩に助けを求める
北風が激しく吹く音にまぎれながら石垣を飛び越えて
人目も今は切れ間があるうちに軒端の下に寄りかかって
それ、火をつけ炎が燃える
拍子木
- 角柱形に削った二つの木を”カチカチ”と打ち合わせて使う音具。夜回り時、注意喚起を促す際に用いられる。
八幡大菩薩
- 琉球八社の一つである「安里八幡宮」に祀られている菩薩。琉球王国が統一した時代より武運を祈願するご本尊として信仰を集めてきた。
- 神仏習合(神道と仏教の融合)により八幡神(神道)に対して奉られた菩薩名(仏教)。
火焔
- 燃えているさま
- 炎が燃える
解説
「早口説」は組踊(※1)「義臣物語」の演奏曲として構成されており、主君の仇を討つために敵方の城へ攻め入る場面で演奏されます。
いざ敵陣に侵入したものの、想定以上の厳戒な警備体制に一瞬尻込みしますが、御神仏に祈りを託して決意を新たにし、暗闇の中を一気にくぐり抜ける臨場感あふれるストーリーで展開されます。
口説形式の歌はかつて日本本土より伝わった節まわしで、七句と五句を繰り返すリズミカルな七五調を基に道行の情景を描きながら大和言葉を用いて歌われます。
また、最古の三線楽譜である『屋嘉比工工四』(※2)には本曲の歌詞が「揚口解」の頁(※「早口解」と修正)で記されており、古くより口説形式の歌が継承されてきたことを伺えます。
組踊(※1)
琉球王国時代の1719年に踊奉行(式典の際に舞台を指揮、指導する役職)の任命を受けた玉城朝薫により創始された歌舞劇です。
台詞、舞踊、音楽の三つの要素から構成された古典芸能で、1972年に国の重要無形文化財に指定され、2010年には世界のユネスコ無形文化遺産に登録されました。
屋嘉比工工四(※2)
琉球音楽家の屋嘉比朝寄(1716-1775)によって編み出された記譜法により創案された現存する最も古い三線楽譜です。(117曲編纂)
「義臣物語」
沖縄本島南部の島尻大里を拠点とする高嶺の按司は、常日頃より体たらくな生活を繰り返しており、朝から晩までお酒を飲んでは遊楽に溺れ、自国の治世を顧みなかったため城下で働く民衆は苦しい境遇に置かれていました。
部下である国吉の比屋はこの状況を見兼ね、高嶺の按司に忠言しますが聞き入れてもらえず、主君に対する物言いをおこなったため役職を剥奪されてしまいます。
その後、徐々に求心力を失っていく高嶺の按司を知ってか知らぬか、敵方である首里の鮫川の按司が攻め入り、ついには落城してしまいます。
一連の騒動を知った国吉の比屋が人形(おもちゃ)売りに身をやつし、残された高嶺の按司の子ども(若按司)探し歩いて、とうとう再開を果たします。
その後、主君の仇を討つために同志を募りますが賛同する者はもはや誰もいません。
国吉の比屋はやむなく単身で敵方に忍び込むことを決意し、火攻めを仕掛けますが瞬時のところで見つかってしまい捕らえられてしまいます。
しかし、一人最後まで主君の忠誠を守り抜いた国吉の比屋に対して、鮫川の按司は心を打たれ、「親の罪科は子に及ばない」として国吉の比屋の願い通り、高嶺の按司の領地を子ども(若按司)に継がせることを約束しました。
略歴
■田里朝直(1703年-1773年)
1756年の冊封式典で踊奉行を務める。
代表作である「万歳敵討」、「義臣物語」、「大城崩」を朝直の三番と称す。
補足
舞踊演目
「早口説」は春を迎えて新しい一年を祝して踊る舞踊演目「春の踊り」の演奏曲として構成されており、その際は下記の歌詞で歌われます。
また、真境名由康が創作した舞踊「初春」の演目では、「揚口説」、「かぎやで風節」、「早口説」の三曲で構成され、同じく下記の歌詞で歌われています。
早口説
さても浮き世は 小車の 巡り巡りて 新玉の
年立ち替る 春来れば 松は千年の 色添えて
梅も匂ひて 花も咲く 庭の青柳 糸垂れて
山はかすみて 久方の 空も長閑に 出づる陽も
光輝く 四方の海 波も静かに 吹く風も
枝をならさぬ 御代ぞとて 山に隠れて 住む人も
君につかえぬ 時を得て 花の都に 皆出て
山の奥には 住家処なし
略歴
■真境名由康(1889-1982)
沖縄県那覇市に生まれる。
琉球芸能役者、舞踊家、眞境名本流眞薫会初代家元、国指定重要無形文化財、「組踊」保持者。
戦後の沖縄伝統芸能の復興、継承発展に大きく寄与し、珊瑚座の結成をはじめ、往年に渡り活躍される。
代表する作品に、創作舞踊の「渡ん地舟(ワタンジャー)」、「糸満乙女」、「初春」、組踊の「金武寺の虎千代」、「人盗人」「雪払い」、歌劇の「伊江島ハンドー小」がある。
参考文献一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において参考にさせて頂いた全ての文献をご紹介します。 尚、引用した文章、一部特有の歴史的見解に関しては各解説ページの文末に該 ...
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