工工四
歌詞
東こま踊 わがこなちおきやえん
都せど踊 わがのとめが
訳
江戸の駒踊を私はこなしてきたから、
京の勢頭踊など気にもしていてない。
東こま踊
- 東(江戸)の駒踊(もとは東北地方が発祥)。馬を模した作り物を腰にくくり付け、騎乗している様子を演じながら踊る。
こなち
- 熟して
都せど踊
- 都 = 京
- せど = 勢頭 (※補足追記)
解説
「東細節」は最古の三線楽譜である『屋嘉比工工四』(※1)に「東小馬踊節」の節名で収録されています。
解釈は史料によって諸説ありますが、歌詞に登場する二つの踊りは「東小馬踊節」の節名に結び付く馬舞であると考えられます。
「東こま踊」の”東”は江戸の「駒踊」を指しており、「都せど踊」は平安時代から伝わる京都の「春駒」を指しているのではないかと考察します。(※補足追記)
二つの踊りは共通して馬を模した作り物を用いて演じることから、芸道を嗜んできた踊り手たちの間で長らく比較対象として挙げられてきたのではないでしょうか。
また、奄美大島では同じ節名の「ひがしくま」という八月歌(※2)が伝承されていますが、本曲との関連性についてはあきらかになっていません。
屋嘉比工工四(※1)
琉球音楽家の屋嘉比朝寄(1716-1775)によって編み出された記譜法により創案された現存する最も古い三線楽譜です。(117曲編纂)
八月歌(※2)
旧暦の八月、奄美大島、加計呂麻島、喜界島、徳之島などで豊年豊作を祈願しておこなわれる伝統行事「八月踊り」で代々継承されている歌唱曲です。
奄美大島の宇検村芦検に伝わる八月歌「ひがしくま」の歌詞です。
一節目の歌詞がほぼ同じ内容で詠われています。
ひがしくま
ひがしくまふどり 吾くなちうかば
ハレ大和袖ふりゃ 吾知りやぴらぬヨンノ
ハレ大和袖ふりゃ 吾知りやぴらぬヨー
引用:『芦検八月踊り歌詞集』芦検民謡保存会
補足
都せど踊の考察
かつて「京太郎」と呼ばれる芸人集団が島各地の家々を訪問し、門付芸を披露して日々の生計を立てており、この集団を統率する者を「勢頭」と呼んでいました。
「勢頭」は船頭 が転訛 した言葉で、”集団を統率する者”に付けられた称号です。
「京太郎」はお正月やお盆、新築祝いなどで各地の家々をまわり「春駒」や「鳥刺し舞」の演目、「万歳」の祝言、 仏と呼ばれる人形をたずさえて「人形芝居」を演じ、法事がある時は「念仏者」と呼ばれる芸人が供養の念仏歌を唱えに葬家を訪ねました。
このことから、「都せど踊」の「都」とは京のことを指し、「せど」は集団を統率する勢頭から名付けられたのではないかと考察します。
その後、社会の変遷とともに活動が廃れ、芸能集団も離散しましたが、現在でも沖縄本島の宜野座村、沖縄市泡瀬などでこれらの芸能が継承されています。
また、那覇市辻では旧暦のお正月に開催される「廿日正月」(じゅり馬祭り)の奉納演舞に馬舞が演じられています。
参考文献一覧
書籍/写真/記録資料/データベース 当サイト「沖縄伝統芸能の魂 - マブイ」において参考にさせて頂いた全ての文献をご紹介します。 尚、引用した文章、一部特有の歴史的見解に関しては各解説ページの文末に該 ...
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